ガルパン戦車道における危機的状況と搭乗員の安全について

 ガルパン考察シリーズはようやく対戦校ラストの黒森峰篇に着手しかけたところですが、黒森峰ならびにこれと分かちがたく結びついている西住流について述べるさい、どうしても正面から向き合わねばならない問題があります。それは、みほが実家と黒森峰を出る原因となった昨年度戦車道高校大会決勝戦のあの場面、3号戦車が川に流されるのを見たみほがすぐさまフラッグ車から降りて救出に向かったという行動の是非についてです。

 この行動を人命救助のため不可欠なものだったと評価するならば、西住流・しほの下した判断は不適切であり、次女に対するあの仕打ちはあまりにも無体なものと非難されてしかるべきでしょう。人命よりも試合勝利や家名を重んじたというわけで、いわゆる「毒母」と呼ばれるゆえんです。

 一方、もしも人命救助の必要はなかったとすれば、みほは咄嗟の判断を誤ってフラッグ車と護衛車輌の指揮をほったらかしたことになり、しほの厳しい態度はむしろ当然のものと言えるでしょう。(救助された隊員たちがみほに感謝するのは個人の感情としてよく分かる話であり、ここで問題にしているのは試合勝利という目標から見たみほの状況判断についてのみです。)

 この問題を考えるさいに、例えばしほの「冷酷さ」「家元としての義務感」やみほの「仲間思い」「甘さ」を議論したところで、水掛け論に陥るほかありません。それらは登場人物の性格についての評価であり、視聴者それぞれの主観や好みによって分かれるからです。

 そのような主観的判断からこの問題を解き放つためには、次のことについて作品内描写から検討する必要があります。すなわち、

 戦車道で用いる戦車と搭乗員は、水没にどこまで耐えられるのか

です。もしも戦車と搭乗員が水没しても十分に(少なくとも荒天時の川の激流にもまれている状態で救出されるまでの間)耐えられるのであれば、みほの行動は試合勝利という目標から見て軽率だったことになります。逆に耐えられないのであれば、しほの言動はきわめて由々しきものと非難されるでしょう。

 さらにこのことと絡めて、戦車の被弾・転倒・火災発生などの危機的状況についても、同様に作品内描写における事実をあらためて確認整理するつもりです。というのは、ガルパンに対する批判の中には、「砲弾や機銃弾が飛び交うあの試合中に誰も死者や重傷者が出ないのはあまりにも非現実的でご都合主義すぎる」というきわめて真っ当な意見があるからです。これに向き合うための基盤として、作品世界における隊員への安全配慮についての描写をまずは確認しておく必要があります。

 もちろん、現実のガンダムが歩くとその衝撃でパイロットは死ぬと言われるように、作品を成り立たせるためのウソというものはどんな作品にも見られるものですし、戦車という現実世界の兵器を用いたためにそのウソが見過ごしにくくなってしまっているという捉え方もできます。ぼくがここで行うのは、その意味ではきわめて野暮な作業にほかなりません。

 なお、本調査は、最近この日記で述べてきた考察コンテンツの基礎の作り方について、その最新の実践例(主に「数えよう」に対応)を示すものでもあります。

 

kurubushianyo.hatenadiary.jp

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1.水

 

 まずは水について。テレビシリーズならびに劇場版を通じて、戦車が外界の水(雨雪を除く)と関わった場面は次のとおりです。

 

第1話 みほ回想:川に流される3号戦車、水をかきわけるみほ

第2話 大洗女子学園艦内の戦車捜索

      38(t):森の中にハッチ開いたまま放置
      3号突撃砲:池の中にハッチ閉じた状態で水没
    4号を車長ハッチから覗き込んだみほの台詞

        「車内の水抜きをして、錆取りをしないと。

         古い塗装を剥がして、グリスアップもしなきゃ」
    洗車後の桃の台詞「あとの整備は、自動車部の部員に今晩中にやらせる」

第3話 訓練中のM3が浅瀬を渡る

第7話 みほ回想:水没する3号に泳いで接近し、

         車体左の脱出用ハッチ(履帯の内側)を開けようとする

    訓練中の38(t)が渡河のさい操縦手バイザーから水がたえず漏れる

    ルノーB1bis:池の中に半水没状態

第11話 M3が渡河中にエンジン停止し横転しかかる

劇場版 KV2が完全に海没した状態から浜辺へ上がる

    知波単戦車群がアヒルカバーを被りプールの中に車体を隠す
    知波単戦車群が陸上移動中、アヒルカバーのせいもあってか玉田の叫び

        「玉田、息が詰まって体がもたないであります!」

   アンチョビが「一度も成功してない」「T型定規作戦」を命令、

         カルロ・ベローチェが石跳びの要領でプール水面を渡る
   ルノーB1bisがパーシング後面を砲撃して池に落とす

         そど子の台詞「安心して、浅瀬だから」

 

  以上の描写をもとに、戦車の水密性と搭乗員の安全性について検討しましょう。

 テレビシリーズでは、大洗女子学園艦内に遺棄されていた戦車を発見回収する光景が何度も登場しました。例えば第2話、発見時にはハッチが開いたままだった38(t)や、ハッチは閉じているものの完全に水没していた3号突撃砲などがありますが、いずれも桃が言うとおり自動車部員の手によりたった一晩で整備され、無事に稼働しています。

 学園艦が海上を航行しているため、屋外の戦車は水没していなくとも雨雪のみならず毎日の潮風にさらされていることになります。にもかかわらず、みほという経験者があんなに表情をこわばらせながらも「水抜き」や「錆取り」程度の整備しか必要と判断していないというのは、注目に値します。もちろん「錆取り」「グリスアップ」を徹底して行うためには全部バラすことになるんでしょうけど、それでも錆つきすぎた部品の交換などは考慮に入れなくてすんでいるわけです。実際みほたちが洗車するだけで、4号戦車はずいぶん綺麗になっているように見えます。

 つまり、戦車道で用いる戦車は、カーボンカーティング以外にも多くの面で謎の先端技術を取り入れており、また各部のパッケージ化などもなされているようです。この技術水準からすると、やろうと思えば完璧な水密性も実現可能と推測されます。

  ところが、第7話では38(t)の渡河中に、操縦手バイザーから川の水がどんどん漏れてきています。一気にだばぁと流れこむ感じではありませんので、砲塔てっぺんまで水に浸かったとしてもしばらくは車内の空気を保てると思われますが、それでも開口部がもう1箇所あればさらに激しく漏水するのではないかと懸念されます。(もしも軍用車輌の能力に合わせて戦車道の車輌にも水密性に差を設けているのだとすれば、車種によっては水が漏れまくりとなるでしょう。)

 これらを合わせて考えると、戦車道の戦車はおおよそ一時的な水没に耐えられるだけの水密性をもっているが、長時間の水没の場合には車内へ大量に漏水することを覚悟しなければならない、となります。とくに、全てのハッチを閉じられなかったり、監視用スリットなどを(自動的に閉鎖する機能があるとしても)砲撃・銃撃によって破損していたりすれば、確実に危険です。

 

 みほの回想では、川の濁流に滑り落ちた3号戦車は全てのハッチを閉じていたように見えます。しかし、それまでの試合中にスリットなどを破損していた可能性はありますし、直前の至近弾による被害のほども(白旗こそ上がっていないものの)みほの視点からははっきり分かりません。また、荒天の川の濁流に呑まれて沈む戦車を、試合終了後まで待ってから捜索し引き上げるのでは、ずいぶんな時間がかかってしまいます。みほが万一を想定してただちに救出に向かったというのも、うなずける話です。

 しかしまた、そのような事態発生を考慮して救護班の準備や各車の緊急連絡機能・酸素維持装置の搭載なども行われているんでしょうから、既存の安全対策を信頼して試合に専念するのがみほの務めだったと批判されればそれもたしかに正論です。通信機器をとおして3号戦車搭乗員の悲鳴を聞いていたみほが、仲間たちの恐慌を放置して試合に専念できたかといえば難しそうですが、それは感情の問題にすぎません。

 なお、川に飛び込み3号戦車に泳ぎ着いたみほは、車体左の脱出用ハッチ(履帯の内側)に手をかけて開けようとしています。これは、上面ハッチを開けてしまうと水がどっと流れ込んでしまうための冷静な対応なのかもしれません。しかし、外に出ても濁流にもまれてかえって危ないので、救出まで車内にとどまれるのであればそうするべきだった、という批判も十分考えられます。

 

 このような水没の危険性については、劇場版でも表現されていました。池ポチャしたパーシングの搭乗員に向かってそど子が「安心して、浅瀬だから」と声をかける場面です。いま車内への漏水が激しくても、浅瀬だからすぐに脱出できる・救出され得る、という意味でしょう。

 一方、冒頭のエキシビジョンマッチでは、なんとKV2が完全に海没した状態から浜辺へ上がる姿が描かれています。 何が恐ろしいかといって、あんな短い距離であんなに深く沈む(KV2の砲塔てっぺんまで浸る)場所に、あんな重たいKV2を潜ませておくという鬼の所業です。現に浜辺に出たあとバランスを崩してつんのめってしまうわけですが、これを海の中でやらかしたらどうなっていたことか。

 しかし、長時間にわたって海に沈んでいたのにKV2の車内にはほとんど漏水していないとすれば、それはプラウダでそのように完全な水密性を与えていたからではないでしょうか。カチューシャのKV2贔屓のおかげかどうかは分かりませんが、少なくともこの車輌については海の中で横転してもしばらく問題ないだけの安全管理がなされていると考えられます。

 あるいは、プラウダではシベリアやプリピャチなど湖沼・湿地帯でも行動できるよう、すべての車輌に完全な水密性を維持しているのかもしれません。もしそうだとすると、昨年度決勝戦で黒森峰の3号戦車が川に落ちたにもかかわらずその救出のため試合を停止せずに攻撃を続けたのは、相手チームの隊員への安全配慮をわざと無視したのではなさそうです。つまり、プラウダの車輌なら川の濁流に呑まれた程度では隊員の生命に何の問題もないので、まさか黒森峰ではそうじゃないとは気づかなかっただけではないか、というわけです。

 

  以上のとおり、みほのあの行動が適切だったかどうかは、水と関わる場面を検討してもはっきりとした結論が出てきません。そこで視点を移すために、水関連以外の危機的状況を確認したうえで、この問題に再び戻ってくることにします。

 

 

2.被弾・転倒・火災

 

 まずは被弾について見てみましょう。戦車道の試合・訓練ではお互いの戦車を砲撃・銃撃するわけで、被弾は当たり前に発生します。このとき、戦車はヤークトティーガーの128mm砲弾やカール自走臼砲の600mm砲弾を直撃されても壊れない(おそらくはカルロ・ベローチェでさえ)だけの装甲強度を保証されているようです。また、被弾時に発生する衝撃波や内装粉砕によって車内の搭乗員が死傷することもないほど、いわゆるカーボンコーテングなどの装備は優れているはずです。

 しかし、第12話でマウスの下に潜り込んだヘッツァーは、マウスの重量と履帯駆動によってしだいにダメージを受けていきます。

  柚子「車内はコーティングで守られてるんじゃあ……!?」
  杏 「マウスは例外なのかもねー?」
 事実、ヘッツァー車内には内装の破片が降り注いでいます。すると、マウス程度の重量の一部にさえ短時間しか耐えられない戦車が、600mm砲弾の直撃に耐えられるのだろうか、という疑念が浮かびます。これについては作品内描写では説明できませんが、砲撃しているんだから耐えられる前提なのだろう、ととりあえずしておきます。

 むしろ問題なのは、ハッチの外に体を出している搭乗員が砲撃・銃撃で死傷しないのか、です。(監督は制作開始時点から声優に登場人物が死傷するような作品ではないと明言していたそうですが、そのような作品外論理に依拠するとご都合主義という非難を招くだけですので、ここでは無視します。)実際に戦車道による死者・重傷者は現れませんでしたが、軽傷・眼鏡破損などは毎度描かれています。ケガをしないわけではないとすると、それでも生身の人間に向けて砲撃する場面が次のとおり複数確認できます。ただし、これは西住姉妹ならびに愛里寿に向けての砲撃を除いたものです(多すぎるので)。

 

第4話 38(t)が急に割り込み砲撃した時・その直後に4号が急発進し砲撃した時、

      ダージリンはハッチを開けて上体を出したまま

第6話 89式の車外に典子が出て砲塔にぶら下がったまま逃走する背後から、

      アリサのM4A1が砲撃

第9話 被包囲下の大洗女子による一点突破攻撃時、

    カチューシャは慌ててハッチを閉める前に砲撃を浴びる

劇場版 西隊長がハッチから身を乗り出したまま突撃するも被弾し、

      砲塔の中に体を戻されハッチ閉鎖の直後に横転・白旗

    福田がハッチから上体を出したままマチルダの砲撃を受ける
    華と優香里がハッチから上体出している時に砲撃を受ける
    みほvsダージリン&カチューシャの場面でカチューシャが上体を出したまま

     (ただしチャーチルの盾となった時は砲塔の中に身を沈めている)

    アサガオ中隊が攻撃を受けた時、ケイが全身を、西・梓が上体を出していた

     (その後も知波単車長の多くはハッチ開けたまま)

    タンポポ中隊が攻撃を受けた時、ダージリンが上体を出していた

    カチューシャ・カエサルがハッチから上体を出している時にカール砲撃着弾

    まほ同様エリカも上体を出したままパーシングの砲撃を受ける

    退却時にカチューシャがハッチから上体を出したまま砲撃を受ける
    カチューシャがハッチから上体を出している時にカール砲撃再着弾、

      「見てごらんなさい、私には当たらないわよ!」と腕を振り上げる

    アンチョビが上体を出したままカールの砲撃を受ける

    ミッコが操縦手防御版を開けたままパーシングの砲撃を受ける

    東門付近でケイが上体を出したままパーシングの砲撃を受ける 

     ウェスタンゾーンでカチューシャが上体を出したまま三式の盾となる

    典子と知波単車長が上体を出したままセンチュリオンの砲撃を受ける    

 

 車長がハッチから上体 を出している時に砲撃を受けて被弾する場合がほとんどですが、中には第6話のように車長の全身が外に出て砲塔後部にぶら下がっているところを、しかもその後部に向けて砲撃されている場面もあります。これはおそらく誰が見ても砲弾の命中あるいは跳弾による人体への被害を予想できる光景であり、いくらみほが「めったに当たるものじゃない」(第4話)と述べたとしても、その「めった」な事態ではないのかと言いたくなります。

 これについては、砲弾・銃弾が人体に当たらないような機械的コントロールがなされているのだ、という想定で対応可能なのかもしれません。しかし、問題は砲弾・銃弾だけにとどまらないのです。上のリストでは挙げていませんが、第1話冒頭の親善試合場面では、聖グロの砲撃を浴びる4号戦車には命中しなかった砲弾によって粉砕された岩の破片が降り注いでおり、上体を出しているみほはこちらも注意すべき状況です。

 同じ問題は、劇場版でカールの砲撃を受けるカチューシャにも当てはまります。「私には当たらない」というより人体には直撃しないようにコントロールされているのだとしても、着弾による衝撃波や粉砕された地表の飛散などはどうなっているのでしょうか。

 つまり戦車道では、砲撃・銃撃による間接的な被害の可能性がつねに存在しているのであり、こちらはほぼコントロールできないと思われるのです。西住姉妹以外の車長のほとんどが交戦時にハッチを閉めているのは指揮統率のためだけでなく、このこともあっての安全策なのではないでしょうか。

 

 この制御困難な危機的状況には戦車の転倒も含まれそうですが、作品内ではどれほど激しく横転しようとも、また相当な高さから墜落しようとも、映像で見るかぎり搭乗員に死者・重傷者は出ていません。車内はあんなに突出部が多く砲弾なども保管されていますが、何らかの緩衝機構が働くものと想像されます。

 その最も端的な例が、劇場版のエキシビジョンマッチにおける西隊長の吶喊場面です。ここでは彼女の搭乗する戦車が被弾して横転するのですが、その瞬間まで車長ハッチから身を乗り出していた西は、被弾から横転までのわずかな時間で砲塔内に身を沈め、ハッチも閉じているのです。あそこで横向きの強い力が加わってるのに上体を引っ込めるのは普通に考えて無理でしょうし、そのまま上体を出していれば地面と砲塔に挟まれてしまったでしょう。これを回避できたのは彼女の訓練の成果というだけでなく、戦車自体にこのような状況で車長を引き戻しハッチを閉鎖する安全装置があるおかげではないか、などと考えることができます。

 しかし、ハッチから上体を出したままの車長が、たとえ横転しなくとも似たような身体的ダメージを被ることはないのでしょうか。例えば搭乗車輌に急な衝撃をくらうことによるムチウチなどの傷害です。第3話では被弾時に華が失神していますし、劇場版では福田が被弾時に苦しげな声をあげています。西住姉妹でさえ第12話の一騎打ちでは、ほとんど上体を出しっぱなしのみほが「全速後退!」と指示した直後にハッチ内に身を沈めていますが、これはティーガーとの衝突に備えたものと思われます。(このときまほもそうしてるかは、開いたハッチに隠れていて不明です。)

 ところが、そのみほが劇場版最終局面では、まほのティーガーの後ろからの空砲で急加速をかけられても、ハッチから上体が出たままで耐えてます。このとき、みほの上体は4号戦車の耐衝撃機構によっては守られていません。それにもかかわらず、試合終了直後のみほの体は、砲塔から軽やかに飛び降りることができるほど無事でした。(黒森峰との決勝戦後には自力で降りられないほど体を硬直させていたのに。)これは西住流だから可能なことなのでしょうか。

 ここで転倒と並ぶ重大な危機的状況、火災について見ておきましょう。車内での火災発生は第6話で89式が被弾した場面以外には存在しませんが、そこでは典子たちが消火活動を行う姿が描かれています。つまり、自動消火装置は装備されていないか、いたとしても機能しなかったのです。火災の恐ろしさは言うまでもないでしょうが、人体に火傷だけでなく一酸化炭素中毒などをもたらす危険性があります。例外的にこの1件だけが発生してしまったと考えるべきかどうかは難しいところですけど、その例外が生じた時に隊員たちが失神してでもいたら死者が出るでしょう。

 

 

 以上のように、水没のみならず被弾・転倒・火災のいずれの場合についても、様々な問題が確認されました。現実の柔道などの授業でも死傷者が出ているとはいえ、それとは比べ物にならない危険度を戦車道はもっていると言わざるを得ません。

 それにもかかわらず作品内では死者・重傷者が出ておらず、さらに作品世界での他の試合などでもそのような事態が発生していないとするならば、

A. 重大な事故が生じないための安全対策が完璧にとられている

というだけではもはや間に合いません。つまり、

B. 搭乗員たちの身体が事故に耐えられるほど屈強である

という仮定も加えたほうが納得いくのです。これは、何でも髪の毛チリチリ程度で片付くギャグアニメ的な身体という意味ではありません。

 作品世界では、学園艦という巨大すぎる艦船を建造・航行させられるだけの科学技術が存在しています。また、これをほぼ自分たちだけで運用できる高校生たちがいます。これほど高度なテクノロジーを備えた社会では、生命科学なども相応に発展していることでしょう。そう、この作品世界の人類はすでに存分に強化されているのです。

 この仮説に基いて観直すと、例えば第3話で被弾時に失神したばかりの華が意識回復後、搭乗車輌の砲撃に「なんだか……気持ちいい……」とうっとりできるほど回復しているのは、ぼくたちからすれば尋常ならざる心身の能力の現れと受け取られます。あるいは入浴中に「じんじん痺れた感じが忘れられなくて……」と語っているあたり、華が被弾時に失神したのはショックの強さによるものではなく強すぎる快楽のためではなかったか、とさえ考えることもできます。

 また、第7話の回想場面で川へと駆け下るみほは、途中で足をつまづき岩場を滑り落ちていますが、それでも膝などにかすり傷ひとつ負っていません。第8話ではあんな雪の中、両チームの隊員がほぼスカート姿です。第11話で味方戦車を跳び渡るみほの脚力は放映当時からの語り草となっています。そして劇場版では数日のトレーニングで筋肉ムキムキとなったアリクイさんチームの勇姿を誰もが認めたことでしょう。すごいね人体。ですがそれは個々の資質のみならず、彼女たちを含む作品世界の人類がもつ心身の能力ゆえのものであり、戦車の砲撃などで重傷さえ負わないのも、ひとえにその身に備わるたくましさのおかげなのです。

 すると、OPで雨天映像の直後にみほが水中に沈んでいくかのような姿が描かれるのは、昨年度大会の記憶とみほの心象を表すだけでなく、こういう状況でも普通にしばらく耐えられますよ、という具体例の提示でもあったことになるでしょう。ただしそれでも、負傷や窒息・火傷などによる苦痛はなくなるわけではありませんので、みほが3号戦車の搭乗員を救出に行ったり大洗女子の仲間のケガを心配したりするのも無意味ではありません。

 

 この妄想を別方向に推し進めれば、戦車道の活動中にたとえ死者や重大な負傷者が出たとしても、安価なクローン技術その他によって医療的・法的に対応できてしまうのではないか、などと考えていくこともできるでしょう。

C. 体がタフなのではなく、体が安い

という発想です。そうなると第3話で沙織が「でもみぽりんにもしものことがあったら大変でしょ!?」と叫んでいるのは、戦車道素人の沙織がベテランのみほを友人として親身に心配した姿であると同時に、万が一の場合には記憶の一部を改変されたクローンのみほ2と置き換えられてしまうことへの懸念があったことにな(ZAP ZAP ZAPガルパンはいいぞ。