読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

オタクとしての自分史その1

 昨年末にまたオタクとサブカルの話とか出てましたが、ついったーで80年代・90年代について尋ねられたので、あくまで自分史としてそのへん書いてみます。とりあえずその前史から。なお、ここでのオタクとはアニメだの漫画だの、そのあたりの趣味についてのです。

 

 80年代に入る頃、つまり小学校高学年時には、ぼくのオタクの素養はだいたいできあがっていたようです。たぶんそれは、実家で売ってた少年漫画雑誌やテレビマガジン・テレビランドなどを欠かさず立ち読みしていたことによって培われたのでしょう。

 ただし、あの頃は『秘密戦隊ゴレンジャー』などの特撮も長浜3部作のようなロボットアニメも『魔女っ子メグ』のような女の子向け作品も、ぼくの近辺の男の子はだいたい視聴して楽しんでいた(そして主題歌もみんなで歌えた)と記憶しています。その一方で、少女漫画雑誌をぼくが手にとることは一度もなく、そのへんは「普通」の男の子でした。

 にもかかわらず、皆と共有したそういう作品群のなかから、ぼくはオタ的要素を摂取していったことになるのでしょう。その原因をとりあえず自分の属性に求めれば、外遊びは好きだけど運動は苦手なことや、身だしなみへの感覚に疎いこと、読書等インドアでの余暇の使い方に馴染んでいたことなどが挙げられます。

 所属集団について言えば、クラスに仲の良い友達はそれなりにいたけど、例えば地域のスポーツクラブなどには参加していなかったので、そういう外向的集団の中で伝達される情報やセンスを一切共有できなかったんですね。これは高学年あたりでけっこう強く自覚しましたが、あの頃adidasだのpumaだのといったスポーツブランド商品が周囲で流行りだしても、それがどんな出自のものなのかさっぱり分からなかったし、また知りたいとも思わなかったのです。同じように、そういう仲間内で伝わるところの男子ファッションや、そこに見いだされる世間的な格好良さの基準やそこへの接近手段、さらにそれらを求めようとする意志も、ぼくは分かち持つことがないままでした。やがてこの断絶感は、「世間の流行のままに上辺を飾ることは格好悪い・頭が悪いことだ」という微妙にバンカラな美学を生み出していきます。この感性は、自分にその素養がないかもしれない・そのための努力をしないことへの不安を、世間への批判的視線を持ちうる者から持ち得ない者への、また(学校の成績という意味で)自分より頭が悪い者達への見下しに変換することで、自分をごまかし宥めていたという面もあったのでしょう。

 学業優秀というのは当時のぼくにとって自尊心の大黒柱でして、小学生時代に座学で困ったことは一度もなく、先生の覚えめでたくもあって学級委員などを何度も務めたものです。そこでは自分の優秀さを認めてもらえる喜びとともに、なぜ同級生はぼくの主張する「正しい意見」に賛成しないのか、といった傲慢さも育むことになりました。まぁいますよね、そういう勘違いしてる子って。

 この頃ぼくが通いつめていた店といえば、なんといっても近所のやや大きめの書店でした。あとで述べるとおり漫画は大好物でしたが、それと並んで当時よく立ち読みしていたのは、岩波文庫パラフィン紙カバー!)やブルーバックスや現代教養文庫講談社現代新書学術文庫。いかにも背伸びしたい年頃の少年として、同級生がプレイボーイ誌やスポーツ雑誌などに向かうなか、ぼくはクラスでただ一人こういった書籍に手を伸ばしていました。

 もちろん内容なんてロクに分からんのですけど、純粋な知的好奇心と同級生への優越感に突き動かされ、小遣いで買ったり親にお願いしたりして寝る前のお供に加えていきました。読み終えた本を小さな本棚に順序良く並べていくことが、たしか相当な楽しみだったはずです。それは、他人に見せるためでもありますが、自分の知識が増えていくことを素直に嬉しく感じてもいたわけで、いわば教養主義的な傾向がここで生まれていたようです。ただし、だからといって定評ある作品や古典を読もうとしていたわけでもなく、立ち読みして気に入ったものしか買いませんでした。自分の感性を信じるというよりは、自分がいちばん頭いいと思っていただけかもしれませんし、誰が何と言おうと好きなものは好き・嫌いなものは嫌いという今でも続く頑固さの表れだったかもしれません。

 こういった小学生時分の姿勢というものは、ぼくをオタ道へ誘う原因のひとつとなりつつ、オタクのタイプ選択にも影響していったように思われます。また、この頃に身についた他の傾向としては、例えば芸能番組や実写ドラマをほとんど観なくなりました。いわゆる三次元への興味が薄れていったわけですね。キャンディーズピンクレディーの番組を観ていたぼくは、松田聖子の頃に芸能番組から離れました(もっとも妹が観てたので、ぼくも一応あの頃のアイドルソングに馴染んでますが)。また、『金八先生』などの有名ドラマも毎回試聴することは稀でした。こう、なんか、演技がうそ臭くて虚構感が強すぎる、という。もちろんアニメや漫画だって虚構なんだけど、どうせ虚構ならそちらのほうがよほど洗練されているし脳内補完しやすい。少なくともアイドル人気で作品評価をごまかしてはいない。そんな感じだったでしょうか。

 

 さて、漫画とアニメの話をもう少し詳しく。

 小遣いのやりくりで厳選された本のなかで、やはり漫画の単行本は大きな位置を占めていました。しかし、単行本がピンポイントで強い影響を与えてきたとすれば、その影響を受ける素地を長年形成してきたのは漫画雑誌です。最初に触れましたが、実家で売っていた五大少年誌チャンピオン・キング・マガジン・サンデー・ジャンプを、週刊月刊ともに欠かさず読めたという。だいたいチャンピオンで『がきデカ』が連載開始するあたりから、サンデーで『究極超人あ~る』が完結する頃までの間ずっとです。

 漫画を読むことが人生の一部となったのも当然ですが、単行本を買うくらい好きだったのは、小山田いくすくらっぷ・ブック』『星のローカス』、とり・みきるんるんカンパニー』、江口寿史『すすめ!パイレーツ』など。ただし、それ以前に吾妻ひでお『ふたりと5人』や山上たつひこがきデカ』などの影響も大きかったし、聖悠紀超人ロック』などはずっと好きで、はるか後に大人買いしたものです。記憶に残る作品としては、ジョージ秋山『ギャラ』とか。

 これらの漫画作品からどんな影響を受けたかといえば、ギャグセンスや物語の趣味、そしてキャラクターへの傾倒。ただ、のちのオタク成長過程にとって何より重大だったのは、少女キャラクターへの性的関心に基づく視点を獲得したことではないでしょうか。いわゆる二次元でおっきおっきというやつです。この起源はけっこう根深く、ダイナミックプロ作品のぼいーん系から始まり(『グレートマジンガー』EDの炎ジュンにブラウン管ごしにちゅっちゅしてた記憶あり、また月刊少年ジャンプで『けっこう仮面』も読んでた)、小学校入学時にはすでに漫画・アニメキャラによるハーレムを寝床で妄想していたはずです。どんな第一次性徴なのか自分。

 もちろん同級生やアイドルなど三次元の女の子にも興味はあったわけですが、問題は、手塚治虫吾妻ひでおとり・みきたちがその代表格ですが、ああいう曲線で描かれた漫画キャラの性的魅力に目覚めたのですね。そうなるともう、毎週立ち読みする少年漫画誌は興奮のベルトコンベアみたいなものでした。たまーにこっそり目にする大人向けエロ漫画誌(『エロトピア』『大快楽』など)から直球の描写を喰らうこともありましたが、けっきょく劇画には馴染めないままであり、その手の雑誌でやまぐちみゆきのエロ4コマに出会ったときに我が意を得たりと感じたのは良き黒き思い出です。

  アニメでは、何よりも『無敵超人ザンボット3』の衝撃が甚大で、その後はなんとなくああいう物語に惹かれていくようになりました。ブロック玩具でオリジナルの合体ロボットを作っては、その活躍と終焉を描く長編ストーリーの空想をよく繰り返したものです。言うまでもなくメインキャラの大半は戦死。ガンダムブームにはずいぶん遅れて乗っかるのですけど、少ない小遣いでケイブンシャのムックなどを購入したことを記憶してます。つまり、プラモなどの立体ものに行かず本に向かう習性がここですでに確立。もう模型でごっこ遊びする年齢でもないので、組み立てたら楽しみが終わるプラモは小遣い的にコストパフォーマンスが悪いと感じられました。同じ金額で本を買えば、寝る前のお供として何度も楽しめたのです。この、一人で繰り返し楽しめるものを好む傾向も、今に至って変わりません。

 ガンダムブームの流れで次に受けた衝撃は、映画版『伝説巨神イデオン』でした。TV版をまったく視聴していなかったんですが、ガンダム3部作を観なかったことへの反動で、イデオンは自分で観てみようと思い立ったんですね。たまたま友達もつきあってくれたので、事前情報なしに映画館に来てみたところ、あの発動篇をくらって声も出なかったのでした。カーシャの最期とか、もう。もう。ザンボット3の傷口が開いた瞬間でした。

 そう、だいたいこのあたりまでに、アイドルについて語るよりもカーシャについて語るほうが、ぼくの口は滑らかになるように育っていたのです。(続く)