読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

オタクとしての自分史その4

その他

 エヴァ以降の90年代後半について語る前に、再び当時のぼくが好きだった作品を列挙してみましょう。今度はアニメだけでなく漫画も含めています。そして、この時期から重要な位置を占めてくるようになるもう一つの分野も。そう、えろげです。

 

・1996年:『鬼畜王ランス

・1997年:『ケロケロちゃいむ』『勇者王ガオガイガー』『夢のクレヨン王国』『からくりサーカス』『To Heart

・1998年:『カードキャプターさくら』『魔法のステージファンシーララ』『ONE 〜輝く季節へ〜』

・1999年:『おジャ魔女どれみ』『To Heart』『メダロット』『あずまんが大王』『クロノアイズ』『ONE PIECE』(連載開始は1997年)

・2000年:『おジャ魔女どれみ♯』『AIR』『Kanon』(発売は1999年)

 

 だいたいこんな感じでしょうか。学生時代ほどの余裕はとっくにありませんから、毎週視聴するアニメ作品は増えようもなく、しかも新たな趣味としてのえろげプレイにいっそう時間を奪われていったのがこの時期です。

 ぼくがえろげに出会ったのは、友人宅にあった『コンプティーク』の「ちょっとHな福袋」でした。たしか『ドラゴンナイト』や『闘神都市』の特集だったはずで、それまでの二次元美少女趣味がパソコンの世界へと羽ばたいた瞬間です。しかし何といってもハード・ソフトともに高価でしたので、実際に自分で購入しプレイするのはしばらく後のこと。それでも1992年には『同級生』『マーシャルエイジ』『妖獣倶楽部』(発売は1990年)、1993年には『痕』『妖獣戦記 -A.D.2048-』シリーズ『Rance IV -教団の遺産-』などをプレイし、月刊『パソコンパラダイス』も読み始めてました。

 えろげーまーとしてのぼくは、「えろい」「ゲームとして面白い」「ひんぬー」の3基準で作品を選び続けてきています。そして、一度はまったゲームは何度も繰り返しプレイするたちです。結果として、アリスソフト作品に費やした時間はいかばかりかと……。子供時代にファミコンを近寄らせなかった反動でこんなことになったのでしょうか。いや、あの頃そんなもの入手してたら同じように没頭していたことでしょう。

 もちろん、そういう「アタリ」ばかりでなく、数多くの「ハズレ」作品で火傷を負いながら、ぼくは自分のえろげー眼を養っていったわけです。もっとも、どれだけ評価が高くとも買わなかった名作も『遺作』『YU-NO』など少なくなく、その一方でさほど人気がなくても自分好みの作品を見つけては悦に入っていたものです。どれだけのお金を注ぎ込んだのかは計算しないことにしていますが、この時期以前に固定収入を得たことで趣味への出費がどんぶり勘定になっちゃっていたこともよくなかったですね。

 そんなわけで、おおよそこの時期は、えろげーという新大陸を開拓するのに忙しく、アニメ・漫画のほうはせいぜい従来どおりという状況でした。

 

 さて、このえろげーを遊ぶためにパソコンを購入したということは、同時にネット環境も手に入れたということを意味しています。このとき以降、ぼくは無限に広いワールドワイドウェブの中で、えろげー関連サイトというきわめて狭い地域を日常的に探索することになりました。そして、そこで発見したのは、しょうもないことを全力で表現する人々の勇姿だったのです。

 いわゆるテキストサイト時代の風景については他所にお任せするとして、ぼくがよく訪問していたえろげファンサイトについて記します。それらは大雑把に言って2つのグループとして把握していました。1つは、いわゆる抜きげーのファンサイト群。もう1つは、いわゆる泣きげーのファンサイト群です。

 前者の代表格は、『エロゲカウントダウン』『国際軽率機構』。ぼくが知らない・知ってても手を出さないものも含めた数多くのえろげ作品について、サイト管理者自身の趣味嗜好によって一点突破全面展開するその感想などの文章を、ぼくは日々楽しみ、憧れてました。憧れというのは、自分でも好きな作品についてこんなふうに自由に表現してみたい、というものです。

 後者の代表格は、『CLOSED LOOP』『アシュタサポテ』『魔法の笛と銀のすず』。こちらでもやはりサイト管理者の色が自由に迸っていましたが、前者に対して批評系・考察系の文章が多く、感想と入り混じって公開されていました。こちらに抱いたぼくの憧れは、こういう感性や知性でもって作品を享受できたなら、というものです。

 そしてこの2つのグループをつなぐ位置に『死刑台のエロゲーマー』があるという塩梅ですが、ただし銀すずは批評系というより感想メインのサイトでしたので、抜きげー中心じゃないけど姿勢は前者グループに近かったかもしれません。

 まぁ結局はどちらもしょうもないことなんですよ。たかがえろげにそこまで真剣に向き合うことは本来無意味です。でも、彼らがそれぞれのやり方で示してくれた真剣な遊び方・楽しみ方、その作品が好きだからここまでやっちゃうよという情念の発散ぐあいに、ぼくは「粋」を見出して惹かれていたのです。それは、不徹底なオタクという自覚のあるぼくにとって、ワナビー的な欲望の表れだったのかもしれません。だからといって自分でサイトを開こうとか、そこまでいかずとも掲示板に書き込んでみようとかは、一切できずにいましたけれども。そこはやはり受動的な人見知りの限界です。

 

 そんなネットサーフィンならぬネット巡回を日々の習いとするうちに、ぼくはとあるサイトに辿り着いていました。

 そう、『づしの森』です。

 おそらくしのぶさんや今木さんの言及リンク経由だったか、また『ONE』などの感想を探し求めての発見だったかと思うのですが、このサイトでのMK2さんと箭沢さんの文章を読むうちに、「なんだこれは」とその異様な力強さに引きずり込まれていったのを覚えています。とりわけMK2さんの文章は、好きな作品に対する情念のたけを、それまでのぼくが知らなかった圧倒的な質量でぶん回してくるものでした。そこには批評系テキストの分析的な視線もあるんだけどそれが目的じゃなくて、ひたすら自分自身が作品に向き合って何を感じ取ってしまったかを縷縷テキスト化しているものでした。感想、といえば感想なんだけど、他の感想系サイトのそれとは明らかに臭いが違う。唯一しのぶさんのとは似ている面がありましたが、それでもやはりラオウとトキみたいに違う。

 書かれていることの大半は、ぼくにはよく分かりませんでした。しかし日参するうちに、ますます引き込まれていきました。そしてそのうち、なんか分かってしまったのですね。テキストの意味やこのサイトのお二人のことが、ではなくて、このサイトは妙に居心地がいい、ということが。もとよりお二人がさかんに掲示板への書き込みを歓迎していたということもあります。そこで実際に変態アットホーム空間が構築されていたということもあります。ですが、今まではそれでも書き込みを躊躇していたであろうこのぼくが、ついに個人サイトの掲示板に書き込んでしまった初めての場所が、このづしだったのです。

 そこで得た数々のご縁はいまでもありがたく、多くの方々とネット上で交流を続けさせてもらってますし、また合同同人誌にも参加させていただくなど、ぼくのオタク的活動の幅がぐんと広がるきっかけとなりました。そしてえろげー作品感想などを自分なりに書いてみたりと、ぼく自身が好きなものについて自由に語ることを、このとき以来あまり怖がらなくなっていきました。このあたり、づしの掲示板で温かく受け入れてもらえたことが、本当に大きかったんだなーと感じます。もうね、すんごく嬉しかったんですよ。ええ。要するに寂しがり屋の人見知りだったというわけですが、30代男性ではまったく可愛くない。

 

 とはいえこの時期のぼくが文章にしたものの中には、本当にこだわっている作品についての感想は含まれていません。書いて楽しい、書きやすいものから取り掛かっていた、ということはあります。しかしその一方で、『ONE』や『AIR』をはじめ、単純に「好き」というだけでなく引っ掛かりを覚えてしまった作品について、ぼくは正面から文章を書くことを明らかに避けていました。

 そこには、近づきを得たサイト管理人の方々のような誠実さや鋭さで作品に向き合えないという、ぼく自身の能力への自信のなさや、がっかりさせる(厳しく評価される)ことへの不安がありました。また、当時のぼくのテキストが獲得しつつあった「軽さ」という味と、これらの作品へのぼくの湿った情念とが相容れず、うまく言葉にできなかったということもありました。そしてもしかすると、今までのぼくのオタクとしての中途半端さに目を向けるならば、ぼくが意識のうえではそこからの脱却を望みながらも、しかしそこに留まることで得られる曖昧さへの安心感を、捨てられずにいたのかもしれません。書いたものをそれなりに楽しんでもらえながらも、何か閉塞感に行き当たったのが、この時期の終わりの頃なのです。

 そういう内弁慶な優等生根性がはじけ飛ぶ時を目前にしていることに、ぼくはまだ気づいていませんでした。ついに幕を開けた21世紀、その最初の2年間にぼくが好きになった作品を並べてみましょう。

 

・2001年:『Cosmic Baton Girl コメットさん☆』『シスター・プリンセス』『も〜っと!おジャ魔女どれみ
・2002年:『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』『シスター・プリンセス RePure

 

  そう、シスプリとの遭遇です。とにかくぼくのオタク生活は、彼女達と出会った時から、ガラリと音を立てて変わってしまったのです。そして、それは、これからも。(続く)