成人向け同人誌宣伝風に『デカメロン』収録話の一部をご紹介するの巻

 世界を感染症が席巻する現在、カミュ『ペスト』が読み返されているそうですが、イギリスではデフォー『ペスト』とかどんな塩梅なのでしょうか。あれは迫真の同時代ルポですよね。フィクションだと日本国内ではカミュの作品のほか、小松左京復活の日』も最近話題となっていました。

 イタリアではやはりボッカッチョ『デカメロン』が取り上げられているようで。この「10日物語」と題する物語集は、14世紀フィレンツェでペスト禍を郊外に逃れ生活を送る若い男女たちが、日ごとのテーマに沿った小話を交互に毎日10話(10日で全100話)語り聞かせてキャッキャと笑ったり溜息まじりに憂いたりする、という構成をとっています。世俗の情を存分に取り込んだ近代小説の源流とも呼べるこの作品、誰もが知る古典のひとつでありながら、中身を読んでる人はそれほど多くないのではないでしょうか。ぼくもその一人で、翻訳文庫版をしばらく積んでいたのを、この機会にと引っ張り出してきた次第。目次にあるあらすじを手がかりに、気に入った小話から読み始めてみると、岩波文庫の民話集や現代教養文庫のコント集などでおなじみの内容に出くわすことも少なくなく、これは『デカメロン』を民衆が口伝えていったためなのかそれとも『デカメロン』が地域の小話を取り込んだのかそれともその両方なのか、と考えてしまいます。ここから解説や研究書に向かっていけばそれはそれで真面目な暇つぶしになるはずですけど、いまぼくがしたいのはそういうことではない。

 

 ある年齢以上の男性諸君にとって、『デカメロン』といえば、そう。昭和の成人向け雑誌のタイトルですよね。劇画雑誌としてはむしろ同時代の『大快楽』『エロトピア』などのほうが有名かもしれませんが、友達と遊ぶ原っぱに落ちてた系雑誌としては、デカメロン即ちでかーいおぱーいという素朴な連想を促すこのタイトル表紙は、ぼくの幼い日々の記憶にうすぼんやりとした陰を添えてくれています。

 その『デカメロン』が、いま。読まれている。

 いやもちろん、あの雑誌が復活して世界の注目を集めてるわけじゃないんですけど、古典『デカメロン』がイタリア本国で再注目されてるとなれば、我が国には我が国なりの『デカメロン』の伝統があるじゃないですか。研究者の方々ごめんなさい。でも、市井のいち読者としては、古典だからといってしかつめらしく頁を繰るよりも、何も考えず下品な笑い声をあげたりうめき声をたてたりしながら、このドタバタに満ちた小話の群を愉しみたいのです。

 

 んで、独り読んで面白がるだけでも何なので(何が)、この古典がどれほどしょうもないお話に満ち満ちているかを、まさに我が国の『デカメロン』イメージの文脈に基づいてご紹介してみるというのが、今回の日記更新の目的です。どう文脈に基づくかといえば、えろ劇画雑誌の流れからずいっと逸れてえろ同人誌。まったく文脈に基づいていない。でもまぁ、えろと漫画の浅くて深い結びつきは、いまや同人誌界にすっかり受け継がれてしまっているわけなので、このさい悪ノリを徹底すべく同人誌販売業者の手管で『デカメロン』小話のほんのいくつかを並べてみることにします。つまり、とらのあなメロンブックスでお馴染みのあの宣伝テキスト風で、です。(20200427:文字数を1行で収まるように調整しました。)

 

第1日第4話:カテゴリー「純真」「寝取り・寝取られ」

散歩中の若い修道士がふと目に止めた、畑帰りの美しくあどけない少女の後ろ姿。

修道院の一室に思わず連れ込むと、鐘の音に合わせてベッドをきしませちゃいます♪

二人の醜態に気づいて憤る修道院長も、修道士の罠にかかって欲望と少女の虜に♡

神聖な場所で繰り広げられる寝取らせに大興奮の1冊を、ぜひお買い求め下さい!

 

第2日第7話:カテゴリー「寝取られ」「無理矢理」

砂漠の大国の王女アラティエルは、嫁ぎ先の国への航海中に遭難してしまいます。

救出してくれた城主は王女のたおやかな肢体を、その屈強な男柱で何日も好き放題に♡

それからの道中で次々と王女と召使いを誘惑する海賊、大公、商人などの男達……。

獣欲に晒され続けるアラティエルの痴態に全ページ使用度抜群の1冊、お買い得です!

 

第3日第1話:カテゴリー「ハーレム」「逆レイプ」

言葉がしゃべれないふりをして、尼僧院に雇われることに成功した庭師マゼット。

するとその夜から、欲求不満の尼さんたちが我先にとマゼットの部屋に通い始めます♪

ついには尼僧院長が、彼の逞しい肉体を独占しようと何日もお勤めに励んじゃう♡

庭は無事でもマゼットは枯れちゃわないの? 秘密の花園の顛末にぜひご期待ください!

 

第3日第10話:カテゴリー「純真」「快楽堕ち」

1〇歳になったアリベクは神様にご奉仕しようと、砂漠の修道士ルスティコを訪れます。

謹厳実直な修道士は、間近で感じる美少女の色香にたちまち豹変して一匹のオスに♪

無知なアリベクを騙して好き放題、ところが彼女も天上の快楽に腰を蠢かし始め……。

純真無垢な令嬢が「悪魔を地獄に追い返す」悦びに染まる極上の1冊をお楽しみ下さい♡

 

第5日第8話:カテゴリー「リョナ」「野外・露出」

大金持ちのナスタージョが貴族の娘に熱烈に恋して貢いでも、相手は鼻で笑うばかり。

思い悩む彼が森で出くわしたのは、幽霊の騎士が幽霊の淑女を狩りたてる光景だった。

哀れな女性が猟犬に噛み裂かれる悲鳴、剣に貫かれる断末魔……。なぜこんなことに?

繰り返される惨劇を目の当たりにした男女の恐怖と俗情がたまらない1冊、ぜひお手元に!

 

第5日第10話:カテゴリー「両刀遣い」「乱交」

ピエートロは男色家。欲求不満な妻は夫の留守中に若者を連れ込んでしっぽりぬっぽり♡

そこへ急に夫が帰宅!? 慌てて納屋に隠れた若者は、ロバとくんずほぐれつの大騒動!

ついに不倫がばれた妻は逆ギレ。しかし夫の目には、美青年の上気する肉体が……。

仲直りした夫婦が美青年を挟んで3連結のハッピーエンド、どうぞ満喫してください!

 

第6日第7話:カテゴリー「痴女」「寝取り・寝取られ」

異議あり!!」 裁判所に響く大音声の主は弁護士、ではなく不倫疑惑の若奥様!?

夫に毎晩その豊満な肉体を味合わせても、底なしの情欲を持て余して若い男を食べ放題♡

夫に訴えられれば死刑判決も当然な中世時代に、一人のオンナが挑む性器の対決!

異議もエロもある、どころか山盛りの全裸開脚前転裁判に、あなたも判決ちんこ10年♪

 

第8日第7話:カテゴリー「露出」「リョナ」

未亡人に恋した若学者リニエーリは待ちぼうけをくらわされ冬の雪夜を凍えるはめに。

騙されたと悟った彼の罠にかかり、今度は艶やかな寡婦エーレナが夏の真昼に全裸待機♡

塔の上でむき出しの肌を焼かれて激痛に悶え、蜂やアブに刺されまくって息もたえだえ♪

尊大な貴婦人が惨めな醜態を晒す一品をどうぞ召し上がれ♡(本番行為はありません)

 

第8日第9話:カテゴリー「スカトロ」「アヘ顔」

藪医者のシモーネはパリピ連中に唆されて、お楽しみを求めて夜中に出掛けていきます。

そこに待ち構えていたワル共が、いきなりシモーネを肥溜めに放り込んだから大変!

放置された彼は全身うんこまみれ。家にも入れてもらえず、路上で悪臭をふりまきます♪

白衣が褐色に染まったインチキ医師の言い訳に爆笑の1冊を、どうぞお楽しみ下さい。

 

第9日第2話:カテゴリー「下着」「ギャグ」

尼僧院の一室に、若い修道女が男をこっそり引き入れて今夜もどったんばったん大騒ぎ♡

物音と嬌声に目覚めた尼僧院長が、現場を押さえようと大急ぎで服を着ていざ突撃!

ところが慌てて被った頭巾は、なんと横で寝ていたお坊様のパンツだったからびっくり♪

院長先生はまぼろしパンツのフレンズなわけはない爆笑の1冊、ぜひお手元に!

 

 いかがでしたか(何が)。

 あくまで宣伝文ですので、元の小話のわりと遠回しな内容からすれば直球すぎ・言いすぎな表現も含まれますが、そこはそれ。(例:第6日第7話に「全裸開脚前転裁判」などというものは登場しないし、第8日第7話にアヘ顔の描写はない。)挙げたのは自分が好きな小話もあれば、いろんなカテゴリーのを載せるために選んだ小話もあります。少し後悔してます。

 あと、第3日第10話の「テバイダのアリベク」は、エドゥアルト・フックス『完訳 風俗の歴史』(安田徳太郎訳 角川文庫 1989年 全10巻)第2巻にも引用されてたり、ラ・フォンテーヌ『ラ・フォンテーヌの小話(コント) 』(三野博司・寺田光徳・木谷吉克訳 現代教養文庫 1987年)でも翻案されてたりと、けっこう有名なお話ぽいですね。展開としては、男が何も知らない少女を騙してものにするけど少女の覚醒した性欲が男を圧倒し枯らし果てる、というお馴染みのものです。ほんとこういうの古今東西共通。

 じつは以前からぼくは、『デカメロン』やヨーロッパ中世の小話のえろいやつを今風の美麗絵で同人誌にしてもらえないものだろうか、と心のなかで願い続けてきました。ほかにすることはないのですか。これを読んだ方々の中から、よっしゃひとつ次のネタにしたろ、と決心してしまう方が現れてくださったなら、こんな文章を書くために半日を費やしたぼくも浮かばれると思います。そしてその薄い本を買う。一部カテゴリーのを除いて。

 

 最後に真面目な書籍ご紹介。

 今回参照したのは、いま最も入手しやすいと思われる全訳の3巻本です。

・ボッカッチョ『デカメロン』(平川祇弘訳 河出文庫 2017年 上中下巻)

 

 ほんとは次の2作品に収録されてる小話も取り上げたかったんだけど、力尽きました。

・『エプタメロン 〈ナヴァール王妃の七日物語〉』(平野威馬雄訳 ちくま文庫 1995年)

 仏訳された『デカメロン』に影響されて16世紀にマルグリッド・ド・ナヴァールが編んだ「7日物語」。全27話。

・『ふらんすデカメロン 《サン・ヌーヴェル・ヌーヴェル》』(鈴木信太郎渡辺一夫・神沢栄三訳 ちくま文庫 1994年 上下巻)

 15世紀フランスで編まれた短編集。全100話。戦後直後に一部を訳したのが始まりということで、戦争と敗戦に渡辺がどう向き合ったかについてはトーマス・マン/渡辺一夫『五つの証言』(中公文庫 2017年)も参照。また、あとがきで言及されてる同時代の作品として、風刺作品『結婚十五の歓び』(新倉俊一訳 岩波文庫 1979年)、笑劇『ピエール・パトラン先生』(渡辺一夫訳 岩波文庫 1963年)。

 

 そして冒頭に挙げた作品も。

カミュ『ペスト』(宮崎嶺雄訳 新潮文庫 1969年)

 北アフリカの仏植民地都市に広がる疫病に、人間たちが向き合うそれぞれの姿を描く。

・ダニエル デフォー『ペスト』(平井正穂訳 中公文庫  2009年)

 17世紀ロンドンを襲ったペスト禍の実態を、『ロビンソン・クルーソー』の著者がつぶさに記録。

小松左京復活の日』(ハヤカワSF文庫 1974年)

 解き放たれた生物兵器が世界を滅ぼす中での人類の悲喜劇を描いてる、はず。いま読んでるとこ。

 

 なお『デカメロン』翻訳を買って本棚に並べるのは恥ずかしいなどという中高生は、Project Gutenberg英訳ページに行ってみるとよいです。なに? 英語なんて読めない? 学校で英語を教わり翻訳ソフトを手にしてるのは、こういうときのためではないのですか。しかも翻訳表紙にだって黄色い指定マークはない立派な古典なのでご安心。どんな目的でどんな入口から辿っても知識は知識、教養は教養なのです。まぁそこまで威張れた話じゃありませんけど、他人に迷惑かけることなく自分で楽しむ分には、能力をどう発揮しようと構わないんじゃないでしょうか。